⇧ まぁ、予想通りと言いますか「Azure」はドキュメントからして整備されていないですから、然もありなん、と言った感じですかね。
フィルターバブル(Filter Bubble)やエコーチェンバー(Echo Chamber)が織りなすバイアス
Wikipediaによると、
■フィルターバブル(Filter Bubble)
フィルターバブル (filter bubble) とは、インターネットのユーザがネットから得る情報が、自分と同じ意見や趣味のものにばかりになってしまい、異なる意見や趣味が見えなくなる現象のことである。
■エコーチェンバー(Echo Chamber)
(エコーチェンバーげんしょう)あるいはエコーチェンバー(英: Echo chamber)とは、自分と似た意見や思想を持った人々の集まる空間(電子掲示板やSNSなど)内でコミュニケーションが繰り返され、自分の意見や思想が肯定されることによって、それらが世の中一般においても正しく、間違いないものであると信じ込んでしまう現象。
または、閉鎖的な情報空間において価値観の似た者同士が交流・共感し合うことで、特定の意見や思想が増幅する現象。エコーチェンバー化、またはエコーチェンバー効果ともいう。エコーチャンバーとも表記される。
⇧ とありますと。
問題なのは、当事者が上記の状況に陥っているのかが判断し辛いことだと思われる...
未曾有の「大情報化社会」での生活を余儀なくされている現代人において「情報」の偏りが生じることは不可避ではあると思われるのだが、
⇧ 上記にあるように様々な「バイアス」が定義されて、人口に膾炙するようになってきてはいる。
ただ、「バイアス」を更に厳密に分類する必要はありそう。
と言うのも、例えば、「認知バイアス」については、Wikipediaの情報が正しいとするならば、
要因が様々であり、分類・整理が中途半端になっている状況であると。
アテンション・エコノミー(Attention Economy)とインテンション・エコノミー、いずれにせよバイアスの制御が困難だが...
Wikipediaによると、
■アテンション・エコノミー(Attention Economy)
アテンション・エコノミー(英: attention economy)とは、インターネットが発達するなどした情報過多の高度情報化社会においては、情報の優劣よりも「人々の関心・注目」という希少性こそが経済的価値を持つようになり、それ自体が重要視・目的化・資源化・交換財化されるようになるという実態を指摘した概念。関心経済(かんしんけいざい)とも。
■インテンション・エコノミー(Intention Economy)
The intention economy is an approach to viewing markets and economies focusing on buyers as a scarce commodity. Customers' intention to buy, drives the production of goods to meet their specific needs. It is also the title of Doc Searls book: The Intention Economy: When Customers Take Charge published in May, 2012.
Reactions
With the emergence of Artificial general intelligence and its increasing adoption in consumer information spaces, some have expressed more pessimism about the intention economy, suggesting that it: "will test democratic norms by subjecting users to clandestine modes of subverting, redirecting, and intervening on commodified signals of intent."
⇧ とありますと。
ザックリと、大雑把に分類すると、
- アテンション・エコノミー(Attention Economy)
- 売り手が主導権を持つ世界線
- インテンション・エコノミー(Intention Economy)
- 買い手が主導権を持つ世界線
ということらしい。
なのだが、本来であれば、
- 課題発見
- ユーザーの目的を突き止めるための情報の整理
- 課題解決
- 必要な方針を決めて、実現に向かって行動する
のように、本質的な「課題」を解消していくことが重要であるはずである。
と言うか、どのような業務であっても基本的な部分は変わらないはずなのだが、
「もし私が顧客に何が欲しいかを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬がほしい』と答えただろう」
世界的自動車メーカー「フォード・モーター」創設者のヘンリー・フォードの言葉を引用しながら非常にわかりやすくユーザーの要望の真意を読み取り方を解説する羽山さんの投稿
⇧ 上記の例にあるように、
『ユーザーは、何を実現したいのか』
を整理する上で「バイアス」の影響は大きいですと。
サイバーカスケード(Cyber Cascade)の問題は媒体が変わっただけで昔から存在した
Wikipediaによると、
サイバーカスケード(英: cyber cascade)は、インターネットにおいて発生する社会現象であり、特定のウェブサイトに同種の考え方をもつ人々が集まり、閉鎖的な環境で議論した結果、極端な世論が形成されやすくなるとする仮説である。
サイバーカスケードは、集団極性化(英: group polarization)の一種である。アメリカの憲法学者キャス・サンスティーンが提唱した。カスケードとは、多段状の滝(
⇧ とありますと。
「集団極性化(group polarization)」はというと、
In social psychology, group polarization refers to the tendency for a group to make decisions that are more extreme than the initial inclination of its members. These more extreme decisions are towards greater risk if individuals' initial tendencies are to be risky and towards greater caution if individuals' initial tendencies are to be cautious.
The phenomenon also holds that a group's attitude toward a situation may change in the sense that the individuals' initial attitudes have strengthened and intensified after group discussion, a phenomenon known as attitude polarization.
⇧ とありますと。
で、「媒体」が変わっているものの、「サイバーカスケード(Cyber Cascade)」のような問題は、枚挙に暇がないほど繰り返されて来ているので、「人間」が「集団」で生活する以上、予防・抑制できるような「仕組み」が必要なんだとは思いますが、なかなかに難しい問題ですな...
とは言え、万人が「他者」のことを考慮せずに、好き勝手に生きることを選択した場合、
コモンズの悲劇(コモンズのひげき、英: tragedy of the commons)とは、多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招いてしまうという経済学における法則。共有地の悲劇ともいう。
アメリカの生物学者、ギャレット・ハーディンが1968年に『サイエンス』に論文「The Tragedy of the Commons」を発表したことで一般に広く認知されるようになったが、発表後多くの研究者も反論を唱えた。
⇧ 上記のようなことが起こり得るリスクはありますと。
大量の「情報」から取捨選択せねばならない「大情報化社会」を生きる現代は、誠に生き辛い世の中でありますな...
毎度モヤモヤ感が半端ない…
今回はこのへんで。